全日本不動産協会 大阪府本部 大阪南支部
アットジャパンプランニング株式会社
代表取締役 弓長 徹さん
このままだと「自分の人生が色あせてしまう」
独立については高校生の頃から夢見ていました。今思えば当時は「憧れに近い夢」という感じでしたけど、大人になり社会人経験を積むうちに、独立は「家族との大切な時間と、真の豊かさを追求する」ためには必要な事だと「目標」に変わっていきました。
でも夢に向かって学生の頃から行動はしていました。成功した多くの社長が学生時代に新聞配達をしていたと知って「それなら自分も」と新聞配達のアルバイトを一生懸命やりましたね。台風の日なんか本当に大変でしたけど(笑)でもその苦労した経験は今も生きていますね。大学を卒業したあとに建築会社と石油の卸会社に勤めたんですけども、先ほど話したように社会に出てから独立への思いは強くなりましたね。
私は現在42歳ですが、覚えているのは36歳の頃に「このままだと自分の人生が色あせてしまうな」と感じたことで、独立に思い切ってチャレンジしたという流れでした。座右の銘にしている「為せば成る、為さねば成らぬ、何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」この精神でした。
入社した建設会社での経験が今に生きる
新卒で入社したのは建設会社だったわけですが、就職活動時はリーマンショックの頃で、なかなか内定がもらえず苦労しました。そんな中でお世話になっていた方がハウスメーカー出身の方が、会長を務めている建設会社に誘っていただきまして、それでなんとか就職先が見つかったという顛末でした。
少人数の建設会社だったため「全員がなんでもできるように」という社風の元、私もCADで図面が描けるようになったりしまして、これが独立したあとも本当に役立っています。独立する際に不動産業を選んだのは、こうした経験から、私自身が建物を見るのが好きだったからという理由もあります。あとは衣食住の中で「住」の重要性が高いと思っていたこともありますね。
独立したのは2018年でした。会社を作ってすぐにコロナ禍がきちゃいまして、就職活動に続きまた苦労する環境での船出でした。引っ越しのニーズなんかも一時的に止まりましたから、もうお金はないわ、お客さんは来ないわで、本当になにもなかったですね(笑)逆に良い面もありまして、それまでは仕事と並行した宅建の勉強もなかなかできていなかったので、コロナ禍でむしろ宅建の勉強に時間が取れて、結果的に合格もできましたから悪いことばかりではなかったですね。
今後は助けてもらった恩返し
宅建の勉強をする際、私は全日本不動産学院に通って勉強しました。第57期の学生でしたね。入学式では堀田本部長の方から励ましの言葉をいただいたことをよく覚えています。不動産業界でのスキルアップを目指して勉強を始めましたが、学院の講義は分かりやすく、現場で役立つ知識が多く含まれていました。費用面でも、資格取得のためのコースは他と比べて比較的手頃だったことも大きかったですね。不動産業界で自分のキャリアを積む上で、この学院での学びは非常に役立ちました。
今の会社は、賃貸・売買・仲介をメインにおこなっています。弊社には英語が得意な宅建士もいますし、現在は円安の環境なので、今後はアメリカやイギリスなどの欧米投資家に向けて投資物件を積極的に販売したいと思っています。

また、弊社は2025年日本国際博覧会 大阪ヘルスケアパビリオン「バーチャル大阪パビリオン」への出展企業として選定されました。この「バーチャル大阪パビリオン」を通じて、Z世代をはじめとする世界中の若年層に対して、未来の不動産取引や管理の在り方を発信してまいります。さらに、空き家対策などの取り組みを通じて、地域貢献も行っていきたいと考えています。
実は、前職の頃から全日本不動産協会 大阪府本部の支部長の方をはじめ、先輩方に大変お世話になっていまして。それもあって私も全日にそのまま入会しましたし、独立後にコロナで大変だった時も本当に助けてもらったんです。現在、私は全日大阪の協力委員にもなっているんですが、それは私が先輩方から受けた恩を今後は後輩たちに返していこうと、そういう気持ちでもあるんです。








